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食育ジャーナリスト砂田登志子がニューヨークタイムズ記者時代やボストンコンサルティング時代、そしてフリーランスとして世界を取材していた際の話には、日本のメディアやネット上にもないような実話が数多くあります。

今回は、その中から「セサミストリート」の話をシェアしたいと思います。

今から書くことはネット上、Wikipediaに書かれていない
当時(今から30年以上前)砂田登志子がテキサスを訪れた時に、
現地の有色人種の方から実際に聞いた話です。

セサミストリートWikipediaの内容に至るまでのお話です。


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**************************

昔、アメリカ本土へ周囲の島々から仕事を求めて出稼ぎにきていた時代。
季節労働で得た収入をもって島へ戻る人もいれば、家族みんなで移住し住み込みで働く家族もいました。

ここで紹介するのはテキサスのゴマ農家の話。
兄弟で営む大きなゴマ農家へ、カリブなどの島々から出稼ぎにきていた労働者は、住み込みで、朝から晩まで皆一生懸命働きます。

しかし、悲劇が起きます。

彼らは文字が読めないため、直接触ってはいけない農薬に触れたり、はしごの使用を誤ったり、多くの怪我が続きました。

早速、ゴマ農家の兄弟は「これはいけない!」と策を講じます。
文字の読めない彼らが農薬の袋や危険物の入った樽、缶を慎重に取り扱うようにドクロのマークを記しました。

しかし、事故は減りませんでした。

ドクロマークを記しても、危機感を感じず、
彼らは農薬や肥料の袋を枕にして休憩するのでした。


労働者たちの事故が減らないことに頭を抱えたゴマ農家の兄弟は考えました。

「そうだ、言葉を教えよう!」

出稼ぎに来ている彼らは十分な教育を受けていなかったため、
読み書きがでません。計算もできませんでした。


ゴマ農家の兄弟は、年齢、性別、国籍・肌の色、全てに差別なく
みんなに読み書き、計算を教えることに力を注ぎました。


教育者でも博士でも無い、ゴマ農家の兄弟。
ゴマ農家で働いている労働者、家族みんなの事故を防ぎたい!という兄弟の思いが、
ひとつのプロジェクトとなりました。

ワシントン、ニューヨーク、ボストンなどから
専門家を招き、

文字の読み書き、数字の数え方、カレンダーの読み方、計算、そして食事のマナー、歌、おはなし、、等、
教養を身につけるこれらのプログラムを彼らに続けました。


その結果、
彼ら労働者やその家族に意識改革が起こったのです。

こうして、読み書きを学ぶことにより事故が劇的に減ってきたのです。
また、労働者同士のコミュニケーションも円滑になっていきました。


こうして、

このテキサスのゴマ農家の兄弟が行ったプロジェクトの成功はまたたくまに全米で話題になり、

噂が噂を呼び、ついにニューヨークタイムズも取材に!!


そして、テレビ局のプロデューサーのもとに!

このあとはみなさんご存知のWikipediaやSESAME STREETの「セサミの歴史」へと続きます。
http://sesame-street.jp/about/history.html


以上が、セサミストリートの誕生の原点です。

「ゴマ農家」だったから、セサミストリート
なるほど‼︎ですね。

さらに、

このゴマ農家のプロジェクトは人種差別などあらゆる「差別」に対し
鈴をつけるきっかけにもなったそうです。

ゴマ農家

※写真はイメージです。ゴマ農家の画:http://2scale.org/703より

この話はまさに民俗学ですね。
我々も民俗学として、これからの時代へ継承したいと思いました。

このような話をサラリとお茶を飲みながら砂田登志子は話してくれます。
あまりにも貴重な内容であったり、他では聞くことのできない話が多く、
私はメモが手放せません(笑)

他にもたくさんの砂田が現地で見て、耳で聞いた話など、貴重な経験は、
日本のメディアでは知り得ない話が数多くあります
これだけデジタルが普及した現代、もっと多くの人に砂田の言葉、経験の数々を
一つでも多くみなさんとこうしてシェアしていけたら思います。

食育推進団体イートライトジャパン
理事 安武郁子
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民俗学 | コメント:(0)
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